知識を”川を流れる水”に例えてみたら結構面白かった件

どうも、ひきこもリーマンのけい(@keiesuz)です。

いろんな人が持ってる知識。
これを”川を流れる水”に例えてみたら、結構面白かったので記事にしたよ!
例えてみたおかげで、知識を共有する楽しさも意味も見いだせた気がする。

知識を”川を流れる水”に例えると面白い

知識は流れてくる、流していく

雲を雨(知識)に変えて降らせて川を作る人がいる。
その人の降らせた水を使った分だけ足して川に水(知識)を戻して流す人がいる。
流れてきた水にさらに水(知識)を足して流す人がいる。
さらに流れてきた水に…

途中で流す水(知識)は、全てが全て綺麗(上質)なものではない。
下流に行けば行くほど、いろんな集落があっていろんな人がいるからね。
だから下流に行けば行くほど、いろんな水が加わって濁る。
源流とはもはやまったく別物の水(知識)になる。

その濁った水を飲むだけで満足する人もいる。
その飲んで余った濁り水(低質な知識)は、無意識的にまた川に捨てられ流される。

やがて海へ流れ出た水は、蒸発してまた雲(新しいカオス)になる。
その雲は雨に変えられて、また上流から水(新しい知識)として流れる。

選別眼を養えば、上流に行ける

A~Dの水の味(知識のレベル)の差は分からない。
けどEが今一歩の味(知識のレベルが低い)ってことは分かる。
これで初めてEまで行けるんだ。

Gの水の味で満足していたら、上流には行けない。
別にそれは悪いことではないけれど。

Gの位置は飲んで捨てるだけだから楽。
ただ、綺麗な水を得ようと思ったらギャンブル。
たま~に流れてくることはあるけど、ほぼない。

まずは流れてくる水の味(知識のレベル)の差に気付けるようになることが重要だね。

それとより良い水(上質な知識)を流すことも重要だ。

そうすれば、下流の人が反応する水の味(知識のレベル)が分かるようになるからね。
すると、下流に人が集まってきて相対的に上流に行けるよ。

他の川から持ってきた水で雨を降らせて支流を作ろう

ブログの川でいつもと同じ味の水(ありきたりなブログ論)を流す。
それはいつも流れてくるし新鮮味がないから下流の人は価値を感じにくい。

けど、投資の川から持ってきた水をブログの川で流してみたらどうだろう。
良くも悪くも、いつもと違う味(投資論をベースに考えたブログ論)がするはずだよね。

マズすぎて下流の人が無視、または激怒するかもしれない。

けどそこから投資ブログ川っていう支流が出来るかもしれない。
そうなったら投資の川の一風変わった水をブログの川で大量に流す。
こんな感じで流してると、いつの間にか支流が出来て、そこに人が群がる。

環境汚染はやめよう

Gにいて満足してる人だって、水を無意味に汚されたら怒るだろうね。
上流の人たちだって、自分が作っている川が汚い水しか流れてこないって印象が付くのを良くは思わないはずだ。

だから汚い水(誰にも需要のない知識)を流して自己満足に浸るのは、やめよう!
みんなの川はみんなで綺麗に、だ。

自分の集落以外の人と話してみると、知識が深まる

自分とは別の集落にいる人と話すと、知識が深まって面白いよ。
上流の人と話すと選別眼の勉強になるし、下流の人と話すとダイレクトな水の味の需要が分かる。
下流の集落の人だと思ってたら、別の川の上流集落に友達がいる人だったりすることもあるしね。

交流をすると、知識がどんどん深まっていく。
それをまた川に流す。

上質な知識を手に入れたかったら上流へ向かおう

どんどん有用な知識を川へ流して、水の味の違いを考えつつ選別眼と養おう。
そうすれば、どんどん上流へと行ける。
そこには綺麗な水しか流れていない。

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